「21世紀型商売戦略」(#011) 非市場経済~沈黙交易とネットオークション~
『日刊「WEBのツボ」 ~次世代WEBマーケティングを読む~』に掲載
http://www.soho-union.com/
(掲載文を大幅加筆修正)
【○】本日のお題 「21世紀型商売戦略」(#011) ━━
咲本@時計台ネット
▽ 非市場経済~沈黙交易とネットオークション~
みなさん、なぜ私がプロフィール欄で「マーケティングという言葉にとても違和感 を持つマーケティングのコンサル屋」と名乗っているのか、その理由をご存じでし ょうか?
マーケティングという用語に存在するマーケットとは市場であり、現代は一見した ところ、市場経済の論理で全て機能していると一般的には思われています。
ところが、そのように捉えた途端、見失ったり、誤解してしまったりすることが多 数発生いたします。
今回、事例としてワン・トゥ・ワン・マーケティング協議会の坂本正治氏の論考を 参考にしてお話を進めましょう。
http://www.1to1.ne.jp/special25.htm
(以下のお話をご理解いただくためには、この論考を必ずお読み下さいね)
ここで坂本氏は、コミケなどの事象を通じて「非定型市場」に注目していることま では鋭さを示しているのではありますが、残念ながら肝心なところの詰めが甘いと言 わざるを得ません。
それは、そこに書かれている次の発言から見て取れます。
「非接触型交易は、非接触型ライフスタイルを前提にしている。非接触型ライフス タイルは近代社会と近代文明の産物であって、交易・通商の起源に比べれば、はる かに歴史が浅い。」
う~む。これはかなり甘い認識です。少し勉強不足と言わざるを得ません。
なぜなら、日本のみならず過去を遡れば世界中至る所に、「沈黙交易」なるものが 存在しました。
沈黙交易とは、例えば、山の民と農耕民とが、片方がある場所に交換するものを置 いて姿を隠し、その後、もう片方がそれに対しての交換物を置いて姿を隠すという 形でお互いに話をせずに交易を行う形態を指します。
ここで、元・経済人類学者??栗本慎一郎氏の論考を見てみましょう。
『以上の認識を基礎として、反対者たちがまるで無視しているアジアの、ことに日 本における沈黙交易の存在を論じてみよう。もっとも、戦前鳥井龍蔵教授は東南ア ジア全般にこの交易法の慣習が広く存在したとした。岡正雄教授はこれを受けて、 中国の鬼市(Ghosts’Market)と称する姿を見せない鬼神(これは異人の表象であろ う)が無言のうちに交易を行う例を挙げているが、それらの孝証はいずれ別個に行 いたい。 著名な民俗学者南方熊楠もこの鬼市について述べている。 日本には実は、世界的にみてヘロドトスの記述に次いで古いと思われる沈黙交易の 報告がある。それは、「日本書紀」斉明天皇六年(西暦660年)三月の条である。』 (註1)
このように、様々な研究者の発表によると、交易形態において、世界中で見受けら れた形態のひとつが「沈黙交易」です。
商業・交易は、接触型の物々交換から始まり、それ以降は非接触型交易がなかったと する説は小学生の社会科教科書までで留めておくべき「常識」なのです。
坂本氏の言われるような非接触型交易は近代特有のものということは決してあり得ず、 逆に近代以前の社会において普遍的に存在したものなのです。
従って、坂本氏の主張は次のように言い換えられるべきものであるはずです。
非接触型交易は、近代以前においては沈黙交易という形態で普遍的に存在した。
ところが、近代以降、市場経済が思いもよらないかたちで蔓延してしまい、それに伴 って非接触型交易も一見、消滅してしまったかのようなものとなってしまった。
でも、2000年近くまたはそれ以上というスパンで続いてきた非接触型交易という形態に対して、 本格的な展開はここ100年というレベルの市場経済一色という社会に何らかの無理が あるということは十分考えられることである。
そのような状況下、インターネットが登場し、それが一種のカルチャーとして世の中に浸透してい くに従って、再び非接触型交易が登場するというのは、一種非市場経済的な揺り戻しが起こっているとは言えないのであろうか。
私はインターネット社会となって、今までのように市場社会ということでは捉えき れない大きなウネリのようなものが起こっていると感じています。
そもそも栗本氏的に言い切ってしまえば、市場経済自体が近代特有のガン化した病 にかかった社会であり、非市場経済こそが普遍的社会の姿であるということになり ます。
だとすれば、インターネット登場後に、非市場経済への大きな揺り戻しの現象が見 受けられる、あるいは近代とは違った新しい時代が始まりつつある兆候が見受けられる とは言えないものなのでしょうか?
勿論、それは、そこかしこに見受けられます。
典型的事例としては、ネット上のオークションに見受けられます。
これこそ、ネット社会における沈黙交易とも言える現象です。
個人的にも知っていますが、一個人がこのネット・オークションを利用することだ けで、メシが喰えるという現象も起こっています。
税務署さんもたいへんで、海外のオークションサイトで得た売上は、税務申告しな くても済むかもしれないとの、市場経済論理を前提とすることでは掌握しづらい状 況ともなってきています(笑)
今、経済学理論が現状と乖離していて、机上の空論なのではないかというイメージ を抱かれかねない状況は、経済学が市場経済の論理だけで考えようとする頭しか持 っていないことが原因となっているように思えてなりません。
あまりにも合わないので、その隙を突いて現場に根ざしたというイメージのある経 営学という学問が力を持とうとしているということなのでしょう。
言葉論議だけの話にはしたくはありませんが、市場社会という視点ではなく、非市 場社会的という普遍的?なウネリがあるという意味で、今までマーケティングと呼 ばれてきたものを、私自身は、それを「商売戦略」と呼び変えてみたいと思います。
その理由は、
1.「マーケット=市場」唯一中心主義では、今の経済を捉えきれない。
2.マーケティングの定義を「伝えたい価値を顧客に伝えるようにすること」とすれ ば、そもそもマーケティングという言葉のイメージと違いすぎる。
3.ビジネスにおいてかなり根幹的なことであるのに、訳の分からない横文字でしか 表現出来ないこと自体、不自然である。
4.商売戦略と表現してしまえば、大手コンサルティング会社の役に立たない手法 を前提にしなくて済む。MBA然り。
ですから、誠に勝手ではありますが、次回以降のお題も「21世紀型マーケティング」 ではなく、「21世紀型商売戦略」と変更させていただきます。
(註1) 栗本慎一郎『経済人類学』(東洋経済新報社)p.107
【プロフィール】
咲本 勝巳(さきもと かつみ)
1965年京都生まれ。マーケティングという言葉にとても違和感を持つマーケティング のコンサル屋。
住宅・住設・インテリアメーカー向けマーケティング会社勤務を経て独立。
2月6日・13日の2回連続で、奈良県大和高田市で(財)奈良県広域地場産業支援セン ター主催の講演を行わせていただきます。
3月14日は石川県金沢市で、二代目商店主向けの「商売戦略」講演をさせていただき ます。
1月31日からの全3回インターネット概論講義をデジタルハリウッド京都校でさせてい ただくのも、どうなることやら楽しみです。
http://www.sakimoto.biz/
mailto:sakimoto@tokeidai.net
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(2002/01/28)









