「21世紀型商売戦略」(#004)マーケティング・イノベーション・成果主義
『日刊「WEBのツボ」』に掲載したものに若干の加筆
http://www.soho-union.com/
【○】本日のお題 「21世紀型商売戦略」(#004) ━━
咲本@時計台ネット
▽ マーケティング・イノベーション・成果主義
マーケティングのコンサル屋と称している私がなぜ、今まで組織の話とか基本理念とか暗黙知とか、一見マーケティングとは異なるようにも受け取られ兼ねないことをお話してきているのでしょうか?
それは、企業からマーケティング活動だけを切り離すことが不可能であり、いわば組織論、ブランド論、経営ビジョン等々、様々な場で語られていることと共に、企業の中に埋め込まれたものとして存在するからです。
お話していることは、書籍に書かれていなくとも、飛び抜けて重要なことをお話しているつもりです。
企業の中にマーケティング本部なるものが存在したと致しましても、それは便宜上、そう名付けられているだけでありまして、厳密に申し上げますと、マーケティングそのものを企業活動の中の一部署が担当するというように分離することは出来ないものなのです。
ちなみにフィリップ・コトラーでも、最新刊では「ホリスティック・マーケティング」などと言い始めているくらいです。彼の発言には疑問がわくばかりですが。(註1)
今、(註1)を出しましたが、その後に登場する(註)にも、色々なコメントを書いておりますので、お手数でも追いかけていただければ有り難いです。
さて、ドラッカーによりますと、「企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたら」します。(註2)
また、上記「‥‥成果をもたらす」という際の「成果」について、「マネジメントと起業家精神が、対立しないまでも異質のものであると考えているようであっては、倒産の浮き目を見ることは必至である。」
「マネジメントの役割は成果をあげることにある。‥‥まさに組織の外部に成果を生み出すために資源を組織化することこそ、マネジメントに特有の機能である。」と書かれているように(註3)、組織の外部に対して目を向けること、つまりは、外部に向けてのマーケティングとイノベーションが、企業としての機能となります。
このことに付随して、次のようにも書かれています。
「マネジメントにおける内部重視の傾向は、近年の情報技術の発展によってかえって増大している。
マネジメントの領域は組織の内部にあるなどということが前提とされてきたために、組織の内部に存在するのは努力だけである。内部で発生するのはコストだけである。成果は組織の外部にしかありえない。」(註4)
まさに痛いことを言うなあ、とお思いのマネジャーの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
でもこれはその通りのことなのでして、以前お話しましたように、組織の外部に目を向けて頑張る現場最前線の部下を、マネジャーは、いかに活躍させるかを「支援」する立場に専念するということでありまして、決して「命令-お伺い関係」がマネジャーと部下の関係ではないということです。
今回のコラムは、この企業内部に向けて敢えて視線を注ぎたいと思います。
では、組織内部に目を向け、どうあるべきかと考えた場合、再三登場する「成果」を重視する組織であるべきであるということに必然的になります。
いわゆる、「成果主義」というコトバで各企業に導入されているような方向性です。(註5)
すなわち、積極果敢で成果を上げるマーケティング活動が企業に求められているのであれば、成果主義の導入のように、企業の人事にまつわる仕組みも大きく関わって来ざるを得ません。
日本の中小企業の大半が、この「成果主義人事」をどのように導入すれば良いのか、或いは導入をし始めたけれど、なかなかうまくいきそうにもないというところでお悩みの場合が多いのであろうことは、容易に想像出来ます。
従来型の年功序列・ピラミッド型組織では、現在45歳位を境にして、それ以下の年齢では成果より低い給与、それ以上になると成果より高い給与となる分岐点が設定されていて、企業に長年頑張ってもらうためのモチベーションを、その点に置いていた企業が多かったのではないかと思います。
でも、企業の体力が減退し、数の多い団塊の世代、企業に求められるコンピタンシーが、どんどんと変わってくる中、成果以上の給与を、環境変化によって求められるコンピタンシ-を持ち合わせていない中高年に払えるだけの余裕がないほぼ全ての企業は止むに止まれず、今になってやっと、成果主義的な人事に切り替えようとしようかどうかの図となってきました。
45歳位以上の社員として、当事者のお立場からすれば、たくさんの文句も言いたい人がいらっしゃるかもしれません。
でも、年功序列とか終身雇用とかが、既に崩壊しつつある現状では、成果に対してどれだけの貢献をしたのか、ということについて年単位で適正な評価をしたいのが企業側でして、結果的に減俸されることにもなってしまう場合が多くなる傾向にあるのでしょう。
ここで、先程のドラッカーが、「マネジメントと起業家精神が、対立しないままでも異質のものであると考えているようであっては、倒産の浮き目を見ることは必至である」と看破していたことを思い出して下さい。
起業家精神を発揮することの出来る組織とは、自由度が高く個々に自立した個人が、ITなどのツールもフル活用しつつ、自分のキャリアを自分でデザインしていく人を支援し、その成果に対して適正な報酬によって評価する組織であることなのでしょう。
ところが、自由で自立・自律した人間を支援し成果主義を導入した組織というのは、年功序列・終身雇用型組織に馴染んだ人達にとっては、社会的な安心感が得られないのではないかという意味で、企業には求められていない人材なのかもしれません。(註6)
上司の命令通りに滅私奉公する代わりに安心感・安定感が欲しいと考えてきた人達の場合には、不安に苛まれることになるのかもしれません。
そのような方々をフォローするための社会インフラを整備する必要が行政側に求められているのと共に、企業の側としては、これだけ環境が激変する中にありましては、ドラッカーが30年も前から変わらぬ基本と原則として主張し続けている「マネジメントの役割は成果をあげることにある」ということに立ち帰り、うまく成果主義を導入することによって、基本と原則に沿った企業経営を目指すことが重要です。
成果をあげることに向けての組織作りと成果主義を導入出来ない企業は、「倒産の浮き目を見ることは必至である」。
※私は「成果主義」と言っているのであって、これは「結果主義」のことを言っているのではありません。
「結果主義」とは例えば単なる売上の数字だけを評価するということでして、「成果主義」は、そのプロセスや企業理念、経営ビジョンなどと合致した行動を含めて評価したり、成果を出したいというポテンシャルの高い人材に、より多くのチャンスを与えようとするものです。
敢えて組織のことを内向きの見方を中心にお話してきましたが、ドラッカーの発言する通り、組織の内側ではなく外側に目を向けることがなされていきませんと、成果が出ることはありません。
また、組織の内側のお話として、ナレッジマネジメント導入という話題もなくはありませんが、これこそ「マネジメントにおける内部重視の傾向は、近年の情報技術の発展によってかえって増大している」とドラッカーが指摘しながら批判している典型事例であることでしょう。
今回は成果主義について色々とお話致しました。
もしマーケティングという、企業の重要な機能の一つをうまく実践していきたいとお考えであるのなら、組織に何らかの形で成果主義を導入するということは避けて通れないものとなってきているのが現状であるかと考えます。
次回は、「マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。」のうちの一つである「イノベーション(または起業家精神)」についてお話させていただく予定です。
※前回予告させていただいたコラムとは、全く違うお題で書かせていただきました。実は今週、組織論の講演が控えていまして、その内容を考えている中から、講演予定内容のうち、一部をラフスケッチしましたのが今回のコラムなんです。
どうかお許しを。
(註1)フィリップ・コトラー他『コトラー新・マーケティング原論』(翔泳社)p.40-48
従来とは内容が一新されたことには驚きましたが、しかしまあ、よくもこれだけ新しそうな用語をかき集めたもんだなあと感じてしまったのは、私だけでしょうか(笑)
ドラッカーのシンプルで深い発言と比べますと、ねえ。

(註2)マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版](ダイヤモンド社)p.16

(註3)Ibid.,p.299
(註4)Ibid.
組織の内部にしか目を向けなければ、「努力」と「コスト」しかないとは!
今回のコラムは、外部に目を向けるための内部をどうするのか、という点についてのコラムです。
(註5)この件について、このコラムを書いている9月23日、コーチングで有名な本間正人さんのワークショップに参加させていただき、目からウロコとなりました。
「成果」というのは、いわば果実の実ることに至る話でありまして、その前段階に、花を咲かせるということが必ずあるわけです。
花を咲かせる段階、ないしは花が咲いたところから果実を実らせようとの段階には、コーチングの導入などによって、ひとまずは成果主義の土俵にのってもらうための手を打ち方を考える必要があります。
成果主義の土俵で活動出来ない段階の人を見つけては、しめた!とばかりにリストラしようと考えるだけの企業でない限りは。。。
(註6)高橋俊介『成果主義―どうすればそれが経営改革につながるのか?』(東洋経済新報社)p.233-236

【プロフィール】
咲本 勝巳(さきもと かつみ)
1965年京都生まれ。eビジネス、組織論、経営戦略、現代思想にとても高い関心を持つマーケティングのコンサル屋。
私は1年以上前に書いた「4Pが崩壊しつつある」というコラムで、マーケティングの神様と言われるフィリップ・コトラーが提唱し、各種教科書にも当然の如く登場する「4P」って時代と全然合っていないのでは?と提案致しました。
http://www.crafting.jp/blog/4p/
で、新刊『コトラー新・マーケティング原論』(翔泳社)を見ますと、「工業化時代には、マーケターはもっぱら四つのP-product(製品)、 price(価格)、place(流通)、promotion(プロモーション)を枠組みにして、マーケティング・プランを立案していた。」 (p.153)
「マーケターの仕事が四つのPのマネジメントや、セグメンテーション、ターゲットの選択、ポジショニングなどに限られていたのは、過去のことではないだろうか。」(p.196-197)と、四つのPは工業化時代のもので過去のものであると書かれているではありませんかって、おいおい!(笑)
工業化時代と言われていた時代って、かなり昔のことと違いますのん?
コトラーにはドラッカーのような「基本と原則」ということは存在しないのかなあ。
これを反映して、(社)日本マーケティング協会さんも「右へ倣へ」といった形で、例えば監修されている『インターネット・マーケティング ベーシックス』(日経BP社)の記述が、「4P」をベースにしたものから、ゴロッと変えた改訂版に変わったりするのでしょうかねえ。。。
「4P」プラス「4C」プラス「ホリスティック・マーケティング」プラス(笑)
権威のある偉い人が言っているというだけでその通りだと「右へ倣へ」とするのではなく、もう少しよく吟味して、採用するかどうかを考えて欲しいなあと思う今日この頃です(笑)
http://www.sakimoto.biz/
mailto:sakimoto@tokeidai.net
(ご意見・ご感想・ご提案お待ちいたしております)
(2002/09/25)









