2003/12/23 火曜日

23年ぶりの新訳!マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』の書評

Filed under: 読書 — 咲本 @ 23:08:43

『ビジネスにマーケティング☆を走らせよう!』に掲載
http://www.mankai.biz/

「23年ぶりの新訳!マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』の書評」

マーケティング・コンサルタント  咲本 勝巳

みなさん、こんにちは!咲本です。

今回のコラムは、いつものコラムとは趣きを変えまして、23年ぶりに新しい訳者によって訳しおろされましたマイケル・ポランニー『暗黙知の次元』(ちくま学芸文庫)の書評を書いてみます。

旧訳書は今までに何度となく読んだことがあり、今回の出版で私としては読み直す良い機会を与えていただきました。

とは申しましても、3章構成のうち最初の1章しか読めてはいない状態なのではありますが。。。(汗)

まあ、細かいことはあまり気にせず書いてみましょう(笑)

▼ 「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」

このフレーズは「暗黙知」を語る際に良く引用される有名な一節です。

これは、例えば私たちはある人の顔を何百万人の中からからでも瞬時に見分けることができるのにもかかわらず、そのモンタージュ写真を作ろうとして、目・鼻・口など個別のパーツを考えても、なかなかピッタリしたものが選べないということなどを事例に説明されます。

じっくりと選んでいけば、いずれはその断片をかなり正確に表現できるのかもしれませんが、そのようなことに時間をかけなくても、本人の顔は瞬時にして認識できるわけです。

つまりは「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」のです。

これが彼のいう「暗黙知」というものです。

▼ 暗黙知の4つの側面

暗黙知には4つの側面があります。
機能的・現象的・意味論的・存在論的という側面のことですが、これらを具体的に説明しはじめますと、それだけで誌面が埋まってしまいそうになりますので、ご興味をお持ちの方は、2001年に書きました私のコラムをご参考にしていただければかと思います。
http://www.carfting.jp/blog/tacit_knowing/
(ただし、4つの側面など説明する以前の段階で終わっています。トホホ。。)

▼ ビジネスに関連する知見

今回の書評では、ビジネスにまつわる参考となりそうな知見をいくつか取り上げておくことにいたしましょう。

過去に旧訳版の書籍を多くの方々に推薦してきましたが、みなさん、読書途上で挫折されてしまう方がほとんどのようで残念極まりない気持ちです。

新訳版では、少し読みやすい日本語となっていますので、この機会に是非お読みいただきたいです。

そういった意味で、本来、哲学書というか認知論の書である本書をビジネスマンが読む理由を少しご披露しようという意図を持っています。

まず、いきなり結論めいたことになるのですが、「個々の諸要素(註1)はより明白なのだから、それらをちゃんと認識すれば、事物全体のほんとうの姿を捉えることができる、と信じ込むのは根本的に間違っている。」ということです。

私が「SWOT分析」や「4P」等々のフレームワークを嫌っていますのは、上述のと
おり、人間の知の仕組と根本的に相容れないからです。

なぜなら、「一般に、明示的統合が暗黙的統合に取って代わることはできない。
自動車の理論を徹底的に学習したからといって、一人の運転手の技能に取って代われるものではないのだ。」

「SWOT分析」や「4P」等々のフレームワークに見受けられる点は、「あけすけな
明瞭性は、複雑な事物の認識を台無しにしかねないのだ。包括的存在を構成する個々の諸要素を事細かに吟味すれば、個々の諸要素の意味は拭い取られ、包括的存在についての概念は破壊されてしまう」ということです。

なぜ包括的存在たる「戦略」なり「方針」が、「諸要素」を明示的なフレームワークによって分析することで「破壊される」のでしょうか?

それは、先ほどの顔の認知についての事例で説明しますと、目・鼻・口などの諸要素「から」顔をいうひとつレベルの上位である暗黙的統合「へ」移行したところで、諸要素たる目・鼻・口の意味が変化するからです。

ですので、いくら目を分析して得られたことがありましても、そういった個々のパーツについての分析結果を明示的に繋ぎ合わせてみたところで、数百万人の顔から、ある顔を瞬時に見分ける人間の認知能力とは、全く別物となるわけです。

もっとはっきりいってしまえば、フレームワークをベースにして考え出された戦略は、まぐれ当たり以上の期待はできないということです。

賢明な方は、そのようなことを重々承知の上で、暗黙的統合を行い、結論を出された上で、説明方法としてフレームワークを使われています。

では、既存の理論を全否定するのかといえば、そうではありません。

彼はこの点を理論の「内面化」(註3)という概念で説明します。

少し長めになりますが、彼の主張を引用してみましょう。

「暗黙知を内在化と同一視すれば、それは暗黙知の概念において重視すべき場所が移動することを意味する。そもそも私たちは、暗黙的認識を、私たちが語れる以上の事柄を知るための方法として、心に描いたのだった。・・・私たちは、諸要素それ自体に注意を向けるわけではないので、それが何であるかを識別することはできなかった。しかし、いまもし諸要素の統合を内面化とみなすなら、それはこれまで以上に積極的な様相を帯びることになる。今や内面化は、ある種の事物を暗黙知における近位項として機能させるための手段になるのだ。その結果、事物をそれ自体として注視する代わりに、私たちは、事物が構成する包括的存在との関係において、事物を感知するのだ。そう考えると、次の点もよく腑に落ちてくる。つまり、事物が統合されて生起する「意味」を私たちが理解するのは、当の事物を見るからではなく、その中に内在化するから、すなわち事物を内面化するからなのだ。」

つまり、ある理論を内面化することは可能です。
理論によって求める「意味」を探ろうとすれば、それは暗黙的統合によるもので
あって、その理論が分析を精緻化することによって「意味」を求めようとする理論であれば、内面化そのものが不可能となります。

使える理論とは、盲人の使う杖のように身体化できる道具のようなものでないといけないということです。

「暗黙知」というコトバは、ナレッジマネジメントの文脈で使われやすいコトバであります。

でも、彼はそんな風潮が起こっていることすらわからない1966年に「掛かり合い(コミットメント)(註2)の行為を形式化しようとすると、内容を台無しにする類の「明示性」を持ち込むことになる。」と、野中郁次郎氏を筆頭とするナレッジマネジメント推進論者に警鐘を鳴らしています。

野中氏は、「暗黙知」というコトバをふんだんに使ってはいても、ポランニーのリーディングをまともにしたことあるのか、以前から不思議で仕方ありません。

▼ 創発

第1章に続いて第2章では、彼の重要概念である「創発」について語られているの
ですが、今の段階では、まだ読めていません。

この話をしはじめますと、非生命から生命の進化、言語論、人間の道徳までを含めた壮大な話になってきますので、余計に今回は差し控えておきましょう。

ではでは、本コラムを通じて、改めてご興味をお持ちくださる方がいらっしゃることを期待いたしております。

【註一覧】
(註1)今回の新訳でparticularsの訳が「諸細目」から「諸要素」に変更されています。

(註2)commitmentの訳は「傾倒」から「掛かり合い」に変更されました。

(註3)interiorizationの訳は「潜入」から「内面化」に変更されました。

暗黙知の次元『暗黙知の次元』ちくま学芸文庫版


『暗黙知の次元』紀伊国屋書店版
■プロフィール
咲本 勝巳(さきもと かつみ)
eビジネス、組織論、経営戦略、創業、ベンチャー、現代思想にとても高い関心を持つマーケティングのコンサル屋。

大阪市立大学・大学院創造都市研究科アントレプレナーシップ研究分野「創業アドヴァイザー」
関西ベンチャー学会 理事
関西SOHOデジタルコンテンツ事業協同組合 理事

なぜ大多数の人たちは、マイケル・ポランニーを熟読せずして、「暗黙知」というコトバを平気で使うのだろうか?
私には不思議で仕方がない。

普通なら「量子力学」における「量子」の概念を知らずして、「量子」というコトバなんて使わないはずなんだけどなあ。

マイケル・ポランニーに関しては、原書は変なコトバ遣いのようなので、悪戦苦闘された翻訳者を参照したほうがわかりやすいと思います。

私についてご興味のある方は硝子張り公開→ http://www.sakimoto.biz/

mailto:sakimoto@tokeidai.net
(2003/12/23)

2003/12/8 月曜日

[実践編]日々の業務以外で差をつける

Filed under: コンサルティング — 咲本 @ 22:32:05

『日刊SOHOのツボ!』に掲載
http://www.soho-union.com/soho/

「SOHOコンサルタントのツボ」(#010)
咲本@時計台ネット

【○】本日のお題「[実践編]日々の業務以外で差をつける━━━━━━━━

みなさん、こんにちは!咲本です。

いよいよ私のコラムも最終回を迎えることとなりました。
では早速本題に入らせていただきます。

▽ 読書する

仕事が忙しいことを理由に、読書時間が取れないと言い訳されることがありませんか?

読書により様々な知見に接し続けることは、コンサルタントとして必須要件です。

読書量としては、一日一冊ペースが理想的、少なくとも週一冊程度は読みたいところです。

なかなか読書に踏み切れないという方は、スケジュールの中に読書時間を入れるようにしましょう。

読書はコンサルタントにとって重要な仕事のひとつです。

読書内容としてはビジネス書ばかりを読むというのではなく、小説や人文・社会・自然科学の専門書など幅広く読んでいきたいものです。

現在発売されているビジネス書には、質の悪いものも多く、そんな本よりも哲学書や生物学などの専門書を読んだほうが、余程コンサルティングの参考になる場合もあります。

つまり大学受験の際の赤本のような本ばかり読むのではなく、自分自身の裾野と奥行きを拡げるための読書も必要なのです。

▽ 街をブラブラしてみる

ちょっとした時間があれば、街をブラブラ見て回りましょう。

百貨店、コンビニ、新しくできた路面店・・・

注意していますと、読書と同様、様々な気づきがあるはずです。

また、意識しないと運動不足になりがちなSOHOにとって、街を歩くことは健康面
でもプラスとなります。

ハリー・ベックウィス『インビジブル・マーケティング―』に次のようなくだりがあります。

できるマーケターは、思考のための素材がぎっしり詰まった場所を探している。
何かのイベント、面白い動き、ちょっとしたデータなど。だが、どれも一見しただけでは、はっきりわかるものではない。これらインビジブルで雑多な情報の中 からおいしいものだけを選び取り、自分なりにアレンジ出来るマーケターこそが、ビジネスに変革のパワーを注入できる。アイデア、戦略、戦術。ときに私たち が望んでいる答は答ではなく、ある問題に対する新しいモノの見方であることが多い。たとえば、例の帽子にある言葉、「仕事は、個人的なものだ」。
そして、突然、霧が晴れる。
あなたが「違い」を生み出し、そして、新しいモノの見方を手に入れられるよう願っている。

つまりはコンサルティングとは、あらかじめ杓子定規なプログラムを作っておき、それに当てはめて「処理」するようなものではないということです。

個々に全く違う状況の企業相手に、ちょっとした突破口を見つけ出し、実践を促すことができる「新しいモノの見方」も備えているべきなのです。

この「新しいモノの見方」は、分析結果によって論理的に判断する進めかたとは180度違う見方です。

既存分析手法が意味をなさないとは言いませんが、コンサルティング能力で大きく差がつくのは、新しいモノの見方ができるかどうかという点のほうが重要となってきつつあるのです。

▽ どのような服装で業務に臨むのか

SOHOコンサルタントとしてやっていくのに意外と重要な点が、服装をどのようにするのかという点です。

コンサルティングで企業訪問する際、講演する際、はたまたイベントに参加する際に、どのような服装がベストなんでしょうか?

これは、私がファッションのプロではありませんので何がベストと言いませんが、
改めて考えていただきたい点です。

服装というのは、あるシチュエーションにおける人との出会いで、決定的な第一印象をもたらすものです。

私はどうしてきたかを申しますと、基本的にはサラリーマンと思われる服装をしないことは一貫して実践してきました。
一番わかりやすいのは、いつの場合でもネクタイをしない点です。

その中で、ひよっこコンサルタントの時には、どちらかと言えば、中小企業経営者から気さくに語りかけてもらいやすいように、安物でカジュアルな服装が中心でした。

高いコンサルフィーを思い浮かべられる高い敷居との印象を避けていたのです。

最近では、微妙に高いかもしれないことを連想させる要素のある服装が多くなりつつあります。

今後は、ひょっとすると今までしてこなかったネクタイをすることもあるかもしれません。

これは人によって全く違ってくることなのでしょうが、いずれにしましても、人と接する際の第一印象として大きな意味を持つ服装については、サラリーマンではないわけですから、意識的にどうされるのか考えるべきかと思います。

▽ 最後に

今まで10回通してご覧いただき、どのような感想をお持ちいただきましたか?

SOHOコンサルタントとして私が歩んできた綱渡りをしているような、ある意味、
とってもデリケートなことを実践してきていることがおわかりいただければ、私がコラムを書いた目的は、半ば達成したのではないかと認識いたします。

これから脱サラされて、SOHOコンサルタントとしてやっていこうという方であるなら、この私の拙いコラムをお読みになった以上、少なくとも私以上にデリケートかつ実践は大胆に事業を立ち上げていただきたく願っています。

ご自身のビジネス展開を緻密に考えられない人が、人様のご支援などできるわけがないというのが私の持論です。

でも、しっかりとした基盤を持ってSOHOコンサルタントとして独立されますと、こんなに楽しい稼業はないと笑ってしまうほどです。

では、いずれどこかでみなさんとお会いできることを楽しみにいたしています。

私の「SOHOコンサルタントのツボ」は、これにて終了です。

ありがとうございました。

【プロフィール】
咲本 勝巳(さきもと かつみ)
1965年京都生まれ。京都在住。eビジネス、組織論、創業、ベンチャー、経営戦略、現代思想にとても高い関心を持つマーケティングのコンサル屋。

12月4日に大阪市立大学社会人大学院に「創業アドヴァイザー」として大学院生のビジネスプランのブラッシュアップと個別相談のためお邪魔しました。
私以外は、税理士さんと会計士さん計5名でしたので、マーケティング屋さんとして、大半を私の質問と提案で埋め尽くしちゃいました(笑)

大学院生の大半は会社経営者、それ以外には行政のお役人が多く、IPOすることが最終目的と設定されている場でのプレゼンでしたので、とってもスリリングな場で、楽しい経験をしました。

次回、12月18日、1月8日に訪問するのがとても楽しみです。

その席上で担当大学院教授の方が、マーケティングの権威フィリップ・コトラーへの批判を、私をリソースとして大学院生に過去講義されていたことを発見!

コトラーをリソースとしてメシを喰っている研究者は世界中多いのでしょうが、その批判のリソースを私が出しているからといって、この某教授さんが採用されるって、イロイロな意味ですごい教授だなと思ってしまいました。

一言でいって、コトラーは20世紀までの人であって、21世紀に対応しきれていない学者だと、ここでいっておきましょう。
おお、危険トーク! 長いものに巻かれたい連中にとっては(笑)

私のことはWebでガラス張り公開中→ http://www.sakimoto.biz/
mailto:sakimoto@tokeidai.net
(ご意見・ご感想・ご提案お待ちいたしております)
(2003/12/08)

2003/12/3 水曜日

都会人は電気クジラの夢を見るか

Filed under: マーケティング — 咲本 @ 1:44:28

『ビジネスにマーケティング☆を走らせよう!』に掲載
http://www.mankai.biz/

「都会人は電気クジラの夢を見るか」

マーケティング・コンサルタント  咲本 勝巳

みなさん、こんにちは!咲本です。

今回のコラムは、先々週の東京出張、先週の石川出張で体験したことを元に書こうと思います。

▼ 東京に行って目にした光景

立川商工会議所で「起業家精神」について講演をし、翌日・翌々日と東京の街をブラブラしてみました。

といいましても、目的は明確で、東京在住の知人からご提案いただいたとおりに丸ビル、六本木ヒルズ、汐留、品川東口の再開発の姿を見学し、その開発時期による微妙な違いを体験することにありました。

マスコミ報道に頼っていただけの情報とは違い、実際に訪れますと、イロイロと発見がありました。

まず、全てに共通しているのが、一般ピープルにはデートスポットとしてどうなの?という視点で捉えられているという点です。

で、実際に見て回りますと、短時間で回ったこともあって、それぞれが明確に違うことがわかりました。

まず、丸ビルなのですが、2003年11月27日現在では、デートスポットとしては、既に陰りが見え始めているようでした。

オッチャン、オバチャン中心のデートスポット?

やはり、他の3箇所と比べた場合に明らかに違うのは、たった一つのビルであるという点で、集客するための魅力度ということでは、いまひとつインパクトがないのです。

一方、六本木ヒルズは盛況でした。

六本木ヒルズ

六本木ヒルズ2

六本木ヒルズ1

細かな部分にもお金がふんだんにかけてあり、エンターテインメントをかなり意識した街づくりがされていることが、はっきりとわかりました。
かけたお金からすると、バブル時代以上の規模でしょう。
なぜ、それほどのお金をかけた再開発が可能なのか?

投資した以上のリターンが得られることが、はっきり想定できるからです。

すなわち、東京都心部は、現在バブル経済となっています。

以前のバブルと違うところは、価値を感じられないものには1円も出さないが、価値を感じることが出来れば、惜しみなくお金を使うという点です。

都心部特有の現象として、飲食店の行列も見かけました。
京都で最も有名なとうふの藤野もとうふカフェなるものを出店しており、いくら家賃が高かろうと、一日中行列が絶えない状況からすると、大儲けしているのでしょうね。

私の場合には、「花の田舎」京都の人間なので、飲食店に並んで行くことなど、あり得ません。

そうなんです。
埼玉県、千葉県、神奈川県、茨城県、山梨県、栃木県、群馬県など、関東一円の新し物好きの地方住まいの人達が、まるで東京ディズニーランドに行くような感覚で来て、文句も言わず、行列を並んでくれるという、そんな田舎人都会志向派にも大いに支えられているわけです。

ディズニーランドと同じ感覚で来ているのだとすれば、何時間でも平気で行列に並ぶことができるのでしょう。

汐留の再開発もブレイクしていました。

汐留1

汐留2

六本木ヒルズは、ひとつの街としての開発でしたが、汐留はガラス張りの高層ビル群がひとつの地域に乱立するという再開発です。

再開発がほぼ完了しているが故に、11月22日(土)午前中でさえ、電車が汐留駅 に停車するたびごとに、大量の人が降りてきて、駅員のアナウンスは「お帰りの切符を先にお買い求め下さい。帰りが大変混雑します。」と、特別なイベントが開催されている扱いのアナウンスをしているほどでした。

品川の再開発の場合には、汐留とはよく似た感じで進められているわけなのですが、まだ建設中のビルもいくつか見受けられ、それを反映するように、集客にはまだ結びついていないようでした。

品川2

品川1
しかし、ある程度完成した後になりますと、ビルを渡り歩ける通路が作られていたりするので、集客数が増えるのではないかとの予感を感じさせます。

ただ、ひとつ違うのは、六本木ヒルズにはテレビ朝日、汐留には日本テレビが進出しているのに、品川にはテレビ局がない。

テレビ局の有無は、影響力が大きく、その点に欠ける今後の品川がどうなるのか注目していきたいです。

▼ 石川県奥能登の地で驚いた!

先週は石川県能都町で講演をさせていただき、石川県庁の職員さんに宿泊先をお任せしていたのですが、その民宿でビックリしてしまいました。

職員さんのオーダーによって料理が指定されていたようなのですが、なんと、クジラ料理がメインとなって、テーブルいっぱいに並べられていました。

一般の宿泊客は、この時期だったら、カニずくしの料理をオーダーする場合が多いのですが、私の前にはクジラのオンパレード。

女将さんからお話を聴いたところによると、「能都町は、昔からクジラを食する町である」とのこと。

(参考)↓民宿のすぐ隣にある魚市場(漁港)で魚のセリが行われている。

能都町のセリ

そういえば、周辺にある有名な縄文時代の真脇遺跡では、クジラではないけれどイルカの骨が大量に出土していたりします。

クジラの刺身を食べると、牛肉の刺身風でありながら、臭みも全くなく、甘味がより感じられる味でした。

なぜ、このように美味しいのか理由を聴いたところ、クジラの種類がイワシクジラであること、このクジラには臭みがないこと、定置網に年間10頭ほどかかるがそれを積極的に食用にして良いことが、水産庁から発言として得ていること、能都町としてクジラを食す伝統があることなどがわかった。

刺身だけを出されたわけではなく、酢味噌和え、トロ部分を使ったニギリ、焼き物、揚げ物、すき焼きなど出された種類も数多かったです。

では、既存のクジラ料理専門店に行けば、そのような味を堪能できるのでしょうか?

それは絶対に無理です。

調査捕鯨のクジラを使わなければならない以上、臭みの問題や甘さの味の面は、解決されないままです。

従って、格別にうまいクジラ料理を堪能したければ、現状では奥能登という、決して交通の便が良いとは思えないところまで行かないと、これを味わうことは不可能なのです。

ここでの味は、決して百貨店の売り場で販売されているクジラとは、明らかに質が違いすぎます。

▼ 都心型発想・地方都市型発想・田舎型発想

未だ「不況だ!」と叫んでいる人達は多いわけなのですが、少なくとも都心部の一角はバブルの様相を呈しているわけです。

この街には、本来なら前世紀の神話となりつつある規模の経済・右肩上がり経済が、神話とならず実際に機能しているように見えます。

これは、関東の近県を含めますと、圧倒的な人口を引き付けることの出来る都心部特有の現象なのでしょう。

一部の勝ち組が、このようなトレンドに乗り続けていくことで、ずっと勝ち続けようとする発想であるわけです。

人の流れが変われば、勝ち組ブランド企業は、それに応じてビジネスの拠点を次々と変え続けていくのかもしれません。

一方、田舎地域には勝ち組ブランド企業があるはずもなく、その地域で「売り」となるものもごく限られています。

従って、田舎地域ではその限られた「売り」を徹底的に研ぎ澄ましていき、価値を高めていくことに集中すると発想する以外に攻める手がないことがほとんどです。

先程ご紹介しましたクジラ料理も、そういった「売り」に該当するものです。

そのままでも圧倒的な商品力があるわけですので、ブランドとしての提供価値を高める努力を行っていきますと、仮に六本木ヒルズに出店すれば、間違いなく行列の出来る店となることでしょう。

食に限っていえば、21世紀的な動きともいうべき、スローフードのムーヴメントには、交通の便がかなり悪いが故に現在まで田舎に残った食品がたいへん適しているわけです。

「これしかない!でも、これこそ素晴らしい!」と思えるものの価値を研ぎ澄ましていくことで、素晴らしいビジネスとなりうるネタが田舎にはあります。

田舎の町の中だけで展開した場合には、行列は出来にくいわけではありますが、別に高い家賃を払う必要もなく、米や野菜は自給自足で賄えたりしますので、何も困ることもありません。

ここで最も困りますのは、地方都市でのビジネスです。

とりわけ、交通の便が中途半端に悪い地方都市。

このような街には近くの国道沿いに大きなショッピングセンターが出来ている場合がほとんどです。

その大企業の運営するショッピングセンターに消費者を奪われてしまい、地元商店街などはなす術もなく衰退する一方だったりしています。

大抵の場合、ショッピングセンターより品揃えが少なく、同じものでも価格は高く、接客スキルが低く、営業時間も短いという、どうしようもない衰退条件が揃っていたりします。

差別化しようとする知恵もなく、かといって「田舎」に見られる「売り」となるものも、既に中途半端な近代化により地域からなくなってしまっています。

このような街では、東京都心部に見られる規模の経済・右肩上がりの20世紀型ビジネスをいくら考えても成立するわけがありません。
人口が違いすぎるのですから。

個人的な見解を言いますと、まずは高度成長時代以前の田舎であった頃に回帰すること。
そこにヒントがないのか、よく見つめ直してみること。
ちなみにこの場合の田舎というのは本質ということにも置き換えられる意味での田舎です。

あるいは、その地域であなたのお店しか提供出来ない独自の価値は何なのかを見つめ直し、発見し、実践すること。

もし、何も思い浮かばないのなら、ジリ貧以外の選択肢はありません。

不況の神は、そういうお店にだけ漂っているものにすぎないと思います。

■プロフィール
咲本 勝巳(さきもと かつみ)
eビジネス、組織論、経営戦略、創業、ベンチャー、現代思想にとても高い関心 を持つマーケティングのコンサル屋。

大阪市立大学・大学院創造都市研究科アントレプレナーシップ研究分野「創業ア ドヴァイザー」
関西ベンチャー学会 理事
関西SOHOデジタルコンテンツ事業協同組合 理事

このコラムの配信されるであろう12月3日に、下記URLの通り、創業予定者や創業 者を定員200名という大規模で募った大交流会が京都で開催されます。
私も参加いたします。
近隣でご興味のある方、是非会場でお会いいたしましょう!
http://www.kyo.or.jp/kyoto/cgi-bin/data/detail/0006.html

能都町から輪島視察、金沢宿泊と場所を移動し、その翌日、金沢市内の近江町市場というカニを中心とした日本海で獲れた魚介類を売っていることで有名な商店街に立ち寄りました。

ある方にお借りしていた傘を紛失してしまった償いに、カニでもプレゼントしようと思って。
でも、大半のカニを売っているお店が、観光客向けに品質の悪いカニを買わせようとするところであったのにはガッカリした。
そんなこともあろうかと思って、事前に地元の方から安心して買えるお店情報を入手していたから、安易に騙されることはなかったはずなんだが。。。
あまりこんなことを続けていると、せっかくの知名度が奈落の底に落ちてしまうのかも。

う~む。
せっかく活気のある市場の雰囲気を持った市場なのだから、完全にモラルハザードした市場だと、烙印を押される前に、もっとブランドとして振舞えるように市場全体として考え直して欲しいものだ。

私についてご興味のある方は硝子張り公開→ http://www.sakimoto.biz/
(2003/12/03)

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